===============================================================
“―― Benedixitque illis Deus,” =============================================================== 何処かで『忘れた筈の声』が聞こえた気がした。 立ち止まり、振りかえる。 ……其処には普通の町並みが広がるだけ。 前方からの声に、再び前を向いて。 『知らない筈の顔』に息を飲む。 =============================================================== “et ait Crescite et multiplicamini, et replete terram, et subicite eam,” “et dominamini piscibus maris, et volatilibus caeli, ” “et universis animantibus quae moventur super terram....” =============================================================== ――見知る顔が不思議そうに首を傾げた。 先ほどのは何だったのだろうと、考える間もなくまた歩き出す。 ……やはり、未だ心労は完全に取り払われていないのかと自嘲する。 一体自分は、何に追い詰められているのだろうか。 心許無い様子で辺りを見回せば、やがて一台の車とすれ違う。 『懐かしいような姿』だと認識した時、既に身体は其方へと無意識のうちに走りだしていた。 =============================================================== “Formavit igitur Dominus Deus hominem de limo terrae, ” “et inspiravit in faciem ejus spiraculum vitae, et factus est homo in animam viventem.” =============================================================== 車の速度に追い付く訳がない。 それくらいは分かっている。 だが止まらない、止まれない。 ぼんやりとした視界の先で車が曲がれば同じように曲がり。 ――やがて見失う。 過呼吸を誘発してしまったのだろう、人気もない路地で一人荒く息を吐いたところで漸く携帯からの着信音に気がつく。 勝手に置いてきてしまった理由をどう説明するかと考えながらも携帯を手に取り、戻る為に振り向こうとした瞬間。 余りにもあっけない、軽い音と共に視界が暗転。 何かで支えられ、途中で止まる身体とは別に。 意識は深く赤い闇の中。 =============================================================== “et ait Ecce Adam quasi unus ex nobis factus est, ” “sciens bonum et malum nunc ergo ne forte mittat manum suam, ” “et sumat etiam de ligno vitae, et comedat, et vivat in aeternum....” 人影に気がついて、子供は朗誦を止め顔をあげる。 何を読んでいるのかと尋ねると、彼は笑顔で持っていた本を差し出した。 其処から続く文章に目をやれば静かに笑う。 ――ああ、たまには観劇も良いかもしれない。 |